前へ | 次へ

関西フォーク

東京を中心としたカレッジ・フォークよりとは違い、関西ではウディ・ガスリー、ピート・シーガーらの精神的な部分を重んじた。

メッセージ・ソング、プロテスト・ソング(社会抗議歌)、トピカル・ソング(時事歌)と呼ばれるものがそれである。

ガスリー・チルドレンと呼ばれるボブ・ディランの存在も大きかった。

GSブームが沈静化し、第2のフォーク・ブームとなった1960年代末期。

高石ともやを中心とする「URC(アングラ・レコード・クラブ)」に集まった、岡林信康五つの赤い風船、高田渡らのメッセージ色の強い関西フォークは絶頂期を迎える。

世は学生運動華やかなりし頃。

京都、大阪には大学が密集し、特に京都はその閉鎖的かつ排他的な風土が精神面を熟成させるのに格好の土地であったのかもしれない。

70年安保闘争を目前にしてフォークは反戦の旗印となり、好むと好まざるに関わらず、政治色を強めていく。

前へ | 次へ

QRコード(このページのURL)

人気のコンテンツ