黒眼鏡の紳士 (ブラインド・レモン・ジェファーソン)

Blind Lemon Jefferson (1897?~1929)

元祖テキサス・ブルース

デルタ・ブルースの創始者がチャーリー・パットンなら、テキサス・ブルースの元祖といえばこの人でしょう。
チャーリー・パットンとほぼ同時期に活躍をしたが、パットンより遥かに謎の多い人物である。
レコードの宣伝用のポートレートがたった一枚残されているが、何故かネクタイだけ手書きで描き加えられていて、新曲が発売される度にネクタイだけ描き直されていたらしい。

もっとも早く成功したカントリー・ブルース歌手

盲目の彼は道案内(付き人)を若者にさせていたが、その中には後のテキサス・ブルースを支えることになるTボーン・ウォーカーやライトニン・ホプキンスらがいて多大な影響を与えた。

1926年「ロング・ロンサム・ブルース」が全米でヒット。チャーリー・パットンの初録音が1929年だから、カントリー・ブルースとしてはレモンがわずかながら早く成功したことになる。以後1929年までの約三年間で80曲以上の録音を残し、彼の名声は地元テキサス以上に他の地域で高かったという。

写真を見る限り大柄で眼鏡をかけた温厚そうな紳士に見えるが、かなり金にうるさかったらしく、盲目だったにもかかわらずギャラのドル紙幣は手触りでその種類を全て見分けたとか、ギターにくくり付けたブリキのコップに入るコインの音を聞き分け1セント硬貨が入ると「俺に安い金で歌わせるな」と怒ったと伝えられている。
1926~28年にかけてレコードのヒットでもっとも成功したカントリー・ブルース歌手となり、大金を手に入れた彼は29年のレコーディングの際には音楽への関心は失せてアレンジにも進歩が無くなっていった。
同年の12月旅の途中、吹雪の中を心臓発作で行き倒れになりこの世を去っている。

デルタVSテキサス

彼のブルースは同時期のデルタブルースに比べ、激しさはなくメロディアスでスライド奏法もほとんど使わない。ギターテクニックも多彩でシティー・ブルースに通じるものを感じる。
チャーリー・パットンやサン・ハウスらのモノと聞き比べるとカントリーブルースの地域差が良く分かって面白い。