日本フォーク私的大全

日本がまだ”フォーク”だった頃

「フォーク」という言葉にどんなイメージを抱くでしょうか?

僕がはじめてギターを抱いた頃は、既に「フォークの時代」は過去のものになり、松山千春、アリス、さだまさし、といった「ニューミュージック」と呼ばれる音楽が全盛を迎えていました。

僕のイメージしていた、「フォークシンガーの代表」は吉田拓郎や井上陽水。
自分で作詞作曲した歌をギターで弾き語るスタイルを十把一絡げに
「フォーク」のイメージを持っていました。
恐らくリアルタイムに「フォークの時代」を経験していない、ほとんどの人がそうでしょう。

そもそも「フォーク・ソング」とは「民族音楽」を意味します。
なぜ、シンガーソングライターと「民族音楽」が結びつくのか?不思議に思いませんか?

「フォーク」が若者の音楽になるきっかけは、アメリカの「フォークリバイバル・ブーム」に端を発します。
各地の「伝承音楽」や「民族音楽」を再発見し、その音楽に世相を映したオリジナルの歌詞を載せて歌ったことからプロテスト・ソングや、メッセージソングへと進化していき、後に「自作自演」という形を取るようになります。

ベトナム戦争から、安保闘争へとニッポンの若者がもっとも熱かった時代フォークは全盛期を向かえ、「フォークは売れる」と確信した大人たちの手によって、あっという間に「ニューミュージック」へと変貌していきました。(その間ほんの数年であったことに驚きます。)

「なぎら健壱」という人は、ただの面白いオッサンでもなければ、脇役俳優でもありません。
歴史に残るような大ヒット曲には恵まれなかったものの「フォークの時代のど真ん中」を歩いてきた、れっきとしたミュージシャンであり、今もっとも当時の状況を詳しく語れる歴史の証人でもあります。

本当にフォークがフォークらしかったのは、ほんの2~3年の出来事であったこと。
吉田拓郎は女性に人気があったがために「帰れ、帰れ」の大合唱をあびたこと、井上陽水に至ってはそもそもフォークとは認められないこと。

また、RCサクセッションがフォークを歌っていた時代や、もんたよしのりがデビュー当時フォークシンガーとして売り出されていた話、高石友也、岡林信康、五つの赤い風船(かの中川イサトがいた)etc…

多少なぎら健壱本人の経験に偏った部分も見られますが、これ以上リアルに当時の状況を語った本は無いでしょう。

リアルタイムで経験した団塊の世代には懐かしく、また路上でジャカジャカやってる、明日のミュージシャンにも是非読んでJ-POPのルーツを探っていただきたいと思う一冊です。

  • 最終更新日: 2017/01/14
  • 公開日: 2005/05/20